街はもうすぐハロウィン。おまけに今夜は踊り出したくなるような素敵な月夜。
ハロウィンが待ちきれないハロウィンの国の王様ジャックは、自慢のカボチャのランタンに火を灯し、こっそりと人間達の街へと出かけました。
王様はハロウィンのお祭りと同じくらい、ハロウィンの準備に大忙しの子供達を見るのが大好きだったからです。
街への途中、王様は大きなカボチャ畑の大きなカボチャの影で、小さな少年を見つけました。
「こんばんは。よい夜ですね」
近づいてあいさつすると、少年はようやく王様に気付いて顔を上げました。
少年は月明かりを頼りに、たった独りでハロウィンに灯す大事なカボチャのランタンを一所懸命に作っていたのでした。
ハロウィンの夜にはカボチャのランタンがなければ、子供はお家の外へ出られずお菓子をもらいに行けません。だから子供達にとってランタン作りは何より大事なこと。
だけどもうすっかり夜になったこんな時間に、子供がひとりで外にいるのは危険です。
「こんな夜にひとりで居ては危ないよ。早くお家へ帰りなさい」
王様はここいらには夜になると、お腹を空かせたオオカミが出るのを知っていたのです。
オオカミ達は立派な王様のジャックを食べようとしたりはしませんが、こんな小さな少年なんかひと飲みにしてしまうでしょう。
だけど少年は王様の言うことを聞きません。
「お兄ちゃん達にバカにされないようなランタンが出来るまでは帰らないよ」
王様は少年の手の中のランタンを見て、目を丸くして言いました。
「素敵なランタンが出来ているじゃないか!」
「ダメだよ、こんなの。目の大きさはちぐはぐだし、立派な牙もないんだよ。こんなのじゃあお祭りに連れて行ってもらえないよ。――僕にもあなたのみたいに立派なランタンが作れたらなぁ」
少年は大きな目にいっぱいの涙をためて、王様の持っているランタンを見つめました。
それもそのはず。そのランタンはとびきり素敵だったのです。
大きすぎもせず小さすぎもしないちょうどよい大きさに、夕日のようなオレンジ色。その目はロウソクの灯りで星のように輝き、大きくて立派な牙を持った口はどんな魔物も寄せつけない。
それは他の誰も持っていない『王様のランタン』でした。
だけど王様には月明かりの下で少年が一所懸命に作った小さなランタンが、この世のどんなランタンよりも素敵に見えました。
「それなら私のランタンと君のランタンを交換してくれないかい?」
「それじゃあダメだよ。あなたのランタンはそりゃあ立派で素敵だけれど、僕の作ったランタンじゃあないもの。お兄ちゃん達は僕に自分で作らなきゃいけないと言ったんだ」
首を横に振る少年に王様はにっこりと笑いました。
「兄さん達には本当のことを言えばいい。君の作ったランタンがあんまり素敵だからこれと交換してくれと言われたってね。君のランタンは本当に素敵だよ」
互いのランタンを交換した王様と少年は、それぞれに上機嫌で帰っていきました。
ところが、王様がハロウィンの国のお城の入り口にさしかかると、門番達が王様のランタンを見て口々に言いました。
「あれをご覧! なんて不格好なランタンだろう」
「これじゃあ小鬼も追い払えない!」
「こんなみっともないランタンを持った王様なんているものか!」
立派なランタンを持っていない王様は、お城に入れてもらえませんでした。
少年のランタンを悪く言われて悲しくなった王様は、人里離れた森のちっぽけな小屋でひっそりと暮らし始めました。
お城を出てもう王様でなくなったジャックは、しばらくは森の動物達と楽しく暮らしていました。
だけどハロウィンを過ぎて冬が来ると動物達は南へ行ったり冬眠したりで、ジャックは冬の間はひとりで寂しく暮らさなければなりませんでした。
ジャックのランタンは素敵だけれど何も話してはくれません。それでもジャックはこれを作った少年のことを思い出しながら、ランタンを飽きず眺めて冬を越しました。
そうしてジャックがお城を出てから、また幾度目かのハロウィンの季節がやって来ました。
秋風の吹き込む心地よい窓辺で、少年と出会った日のように美しい月を眺めていたジャックは、素敵なことを思いつきました。
「そうだ! あのカボチャ畑に行ってランタンを作ろう!」
王様だったジャックは、ランタンなんて作ったことがありませんでした。
お城には、大勢のランタン職人が競って作った素晴らしいランタンがいくつもあったからです。
その中でとびきり素敵なランタンが『王様のランタン』になるのです。
だけど今のジャックには少年の作ったランタンが1つあるっきり。
ジャックにとってそれは何より素敵なランタンだったけれど、1つっきりは寂しすぎる。たくさんのランタンを作って小屋中に飾ればきっと冬中愉快に暮らせる。仲間が出来れば少年のランタンも喜ぶだろう。
素晴らしい思いつきにジャックはランタンを灯して、うきうきとカボチャ畑へ向かいました。
月明かりのおかげで、ジャックの小さなランタンでも無事にカボチャ畑にたどり着くことが出来ました。
「おやおや? これはどうしたことだろう!」
畑に着いたジャックは、周りを見渡して驚きの声を上げました。
カボチャ畑の柵の上に、数え切れないほどのたくさんのランタンがズラリと並んでいたのです。
ジャックが驚くのも無理はありません。ハロウィンの国でだってこんなにたくさんのランタンが並んでいるのは見たことがなかったからです。
街の子供達がみんなで作ったのでしょうか? けれどもひとつひとつ見ていくうちに、それらは一度に作られたものではないと分かりました。
手前の物は古ぼけて、奥に行くほど新しく上手な出来になっていたからです。
それらはジャックの持っている少年が作ったランタンのように、不格好だけれどどこか愛しいような風貌に王様のランタンの面影すらも感じさせました。
どんどん先へ進んでいくと、ランタンはどんどん素敵になっていきます。
「こんなにたくさんの素晴らしいランタンを作ったのは、一体どこの誰だろう?」
素晴らしい光景にうっとりと辺りを見回したジャックは、カボチャ畑の中にひとりの青年が座っているのを見つけました。
「こんばんは。よい夜ですね」
近づいてあいさつすると、青年はジャックに気付いて顔を上げました。その手には出来たばかりのピカピカのランタンと、使い込まれたナイフがあります。
青年は月明かりの下でランタンを作っていたのでした。
ではこの見事なランタン達は、彼が作った物なのでしょうか。けれどもジャックが青年にそう問いかける前に、青年はジャックのランタンを見て驚いた顔で言いました。
「おやまあ! あなたのランタンはなんて古びて不格好なんでしょう。ちょうどいい、たった今出来たこのランタンを差し上げますから、それは捨てておしまいなさい」
そう言って青年が差し出したランタンは、王様だった頃のジャックが持っていたランタンと比べてもいく倍も素敵なランタンでした。
こんなに素敵なランタンならば、王様のランタンに相応しい。
これがあればジャックはお城にも堂々と帰ることが出来るでしょう。
だけどジャックは青年の親切な申し出に、首を横に振りました。
「捨てるなんてとんでもない。あなたの作ったランタンも素敵だけれど、これは私の大切なランタンなんです」
「『王様のランタン』よりもですか?」
「あなたはどうしてそれを知っているのです!」
このランタンを『王様のランタン』と引き替えに手に入れたことは、ジャックの他に誰も知らないはずでした。取りかえっこをしたあの少年だって、あれが『王様のランタン』とは知らなかったはずなのです。
驚くジャックに青年は静かに話し始めました。
「ずうっと前のハロウィンの夜、子供だった頃の僕は自分の作った不格好なランタンと引き替えに手に入れた立派なランタンの灯りのお陰で、誰よりも遠くまでお菓子をもらいに行けました。村はずれの魔女の家にまで。そこで魔女が言ったのです"この立派なランタンは『王様のランタン』に違いない。これがなければ王様はハロウィンのお城に帰れない"と」
ジャックは青年の言葉に、カボチャ畑のランタン達を見つけたときよりもっともっと驚きました。
目の前の青年が、あの小さかった少年とは信じられなかったのです。
けれども青年の大きな目はあの日の少年の目と同じように、ジャックとジャックのランタンを眩しそうに見つめています。
「ああ! 君があの小さかった男の子だとは。こいつは驚いた。なんて立派になったんだろう」
一方、青年の方はジャックの姿がまったく変わらないのに驚いたようでした。
「僕はすっかり大きくなってしまいましたが、あなたは少しも変わらないのですね」
「ハロウィンの国では、人はずいぶんゆっくり歳をとりますからね」
思ってもいなかった素敵な再会に、ふたりは喜び合いました。
「こうして変わらないあなたに再び会えたなんて夢のようです。あなたのランタンをお手本に、こんなに上手に作れるようになりました。いつかまたあなたに会える日のために、ずっとランタンを作り続けてきたのです。どうか僕を王様のランタン職人にして下さい」
「それは願ってもないことです!」
青年のランタンがあればジャックはお城に帰ることが出来ます。それに何より青年とずっと一緒にいられるのです。
青年の嬉しい申し出に、ジャックは飛び上がらんばかりに喜びました。
こうして、ジャックは左手に少年のランタンを持ち、右手で新しい王様のランタンを提げた青年の手を取って、ふたり仲良くハロウィンの国のお城へ帰って行きました。
―― もしもあなたの家の近くに大きなカボチャ畑があったなら、ハロウィンの季節の素敵な月夜は灯りを消して、そっと窓から畑をのぞいてみてください。
ハロウィンを待ちかねて現れたハロウィンの王様が、彼の大好きなランタン職人と一緒に、月明かりの下で踊っている姿が見られるかもしれません。