風は冷たいけど日が当たる場所は暖かい。
日高とチョコを買いに行った帰り道、もうしっかり道順を覚えた日高のマンションへと続く道をふたりならんで歩く。
手に持った小さな紙袋が嬉しい。小さいけれど、中身は結構なお値段だったチョコが入っている。
ほぼ1年ぶりの高級チョコ。
高級と言っても一粒200円から300円くらいで、普段はとても買えないと言うほど高いものじゃない。
だけどこれは記念日だけの特別な楽しみだから、今日しか買わない。
日高とこんな風に過ごせるようになった、大切な切っ掛けのバレンタインチョコレート。
これからは毎年ふたりで買いに行こうと約束をした。
2月14日。3年生はもう学校は休みだし、日高の受験も終わったし、俺達は約束通りバレンタインのチョコを買いに出掛けた。
デパートでは世界各国のチョコを集めたバレンタインの特設会場なんかが設置されていたりしてすっごく興味をそそられたけど、さすがに男ふたりでそこに入る勇気はなくて地下の洋菓子売り場に向かった。
そこでもチョコを買う間、ちょっと周りの視線が集まってる気がして恥ずかしかったけど、日高は堂々としてるし、何より日高と一緒ならモテない男が見栄を張るために自分でチョコを買ってるとは思われないからその辺りは安心だった。
日高は格好いいからチョコを貰えないようには見えないもんな。
おまけにチョコを選んで箱に詰めて貰う際に、売り場のお姉さんに自宅用なのでリボンや包装はいらないと断りを入れたから、家のお使いで買いに来たように見えただろう。
そうして首尾良く念願のチョコを手に入れた俺達は、他にも少し服やCDなんかを見たりもしたけど結局何も買わずに早々に家路についた。
この前に買いに行ったときはデパートの休憩所で食べたけど、今日は日高のマンションの部屋でゆっくりと食べることにしたんだ。
「聡。みっともないから止めなよ」
「誰も居ないからいいじゃない」
昼下がりの住宅街に人気はなく、車もほとんど通らない。
人気がないのを幸いに帰り着くのが待ちきれなくて、手提げ袋に顔を突っ込むようにしてチョコの匂いを嗅いじゃう意地汚い俺の腕を日高が引っ張る。
「ほら、危ないってば!」
引っ張られて、俺は前を見ていなかったせいで自分が電柱にぶつかるところだったのに気付いた。
「ちゃんと前を見てないと危ないよ」
「ごめん。でも、待ちきれなくてさ」
謝りながらも俺は日高の腕に自分の腕を絡めて、もう一度袋の中に鼻を突っ込む。
「聡!」
「日高が居るから大丈夫」
ちゃんと俺を連れて帰ってくれと顔を上げて日高を見ると、日高は苦笑いを浮かべたけど嫌がってはいない。日高も俺の腕をしっかりと掴んでくれる。
そして、そのまま引き寄せられて唇にキスされた。
「ひ、日高!」
いくら人通りが無いとは言え、住宅地の道ばたでなんて! まだ腕を組むくらいなら人に見られてもふざけているくらいに見て貰えるけど、キスは駄目だろ。
「ごめん。でも、待ちきれなくて」
慌てる俺に日高は悪戯っぽく微笑んで、さっき俺が言ったのと同じセリフで謝ってくる。
全然悪いと思ってないだろ!
だけど怒れるはずなんて無い。大好きな日高に笑いかけられちゃ怒れない。
「ちゃんと部屋に帰ってから、な」
「うん。早く帰ろう」
笑いながら言う俺の言葉の意味を察して、日高もさらに嬉しそうに笑う。
日高の―― 俺達のふたりの部屋に、バレンタインのチョコと一緒に帰ろう。