「日高ー、居る?」
今日も部活を終えた俺は生徒会室に顔を出した。
俺の家と日高の家は学校を出てすぐに方向が違ってしまうからあんまり一緒に帰る意味はないんだけど、生徒会の仕事が終わると日高がグラウンドの方に来てくれるから途中までだけど一緒に帰るようになった。
だから今日みたいに日高がグラウンドに来ない日は、俺が生徒会室に行くんだよね。
「ああ、ごめんね篠田君。今日はちょっと長引いちゃって。すぐ片付けるから待ってて」
俺に気付いた日高は、机の上を片付ける手を早めた。
「いいよ。そんな急がなくたって」
もう他の役員のみんなは帰ってるってのに、日高は会長なのに最後まで残ってる。いつも最後に生徒会室を出るのは日高だ。
俺としては日高のそういうところが好きだから、待つのは苦にならない。
そういえば今日は5月20日。毎月20日は生徒の意見や要望を入れられる投書箱の開封日だったんだ。
投書箱には匿名で食堂のメニューにカツカレーを入れろ、なんて呑気な物からいじめの告発とかいう真面目な物まで、色んな意見が寄せられる。
生徒会ではその意見に目を通して、取り上げるべき問題は次の生徒総会の議題にしたり先生に相談したりして解決を図る。
ちなみに食堂のメニューリクエストも、食堂のおばさんに提出されてそっちの栄養士の人達で検討してくれる。
今回も色々と意見が寄せられたみたいで、日高は何枚もの紙をまとめてバインダーに挟んだ。
その日高の足元に、くしゃくしゃと乱雑に折られた紙が落ちているのに気付いた。
「日高、これは? 要らないもの?」
「ん? あ、それは!」
俺が床に屈んで拾った紙を、日高が珍しく慌てた様子で取り戻そうとするもんだから気になった俺は、日高をかわして紙を広げて見る。
その紙切れは投書用紙とは違って可愛い便せんで『日高先輩 大好き』という可愛い文字とハートマークが書かれていた。
匿名で一言だけだけど、日高へのラブレターか。
「それは投書箱に入ってたんだけど、投書じゃなくてただの悪戯だから後で捨てようと思って。ポケットに入れたと思ったのに……」
「えー、何で悪戯? 捨てちゃ駄目だろ」
「だって、投書箱にそんな物をいれるなんて。ふざけてるだけだよ。真面目に取り合うこと無いよ」
本当に日高ってば真面目なんだから。
確かに投書箱に入れるなんて不真面目だけど、日高の事が好きで入れてくれたんだから捨てちゃうのは駄目だろ。
「とにかくこれは捨てちゃ駄目! ちゃんと持って帰る」
そう言いながら日高の手を取ってその紙を手のひらに乗せると、その紙ごと手を握られた。
「君はいいの? 僕がこんな物を貰っても、気にならないの?」
「気になるよ! どこの子だろ? 『先輩』って書いてるって事は2年か1年の子だよね。日高のどんな所が好きなのかって聞いてみたいもん。だけど本人は特定されるのが嫌だからこんな渡し方したんだろうから、詮索しちゃ可哀想だよな」
この送り主がどこの誰だかすごく知りたい。日高の格好いいところとか、思う存分誰かと語り合いたい! そう、俺はファンクラブを作りたいくらい日高のことが好きなんだ。
だから俺もバレンタインにかこつけて日高にメッセージを――
「なあ、日高。もしかして日高ってこういうメッセージカードみたいなの渡されるって嫌い? 面と向かって言わないのって卑怯だと思う?」
俺は思わず過去の自分の行動を振り返って不安になって訊いてみた。
「いや、その、時と場合によるって話で、君に貰ったときはすごく嬉しかったよ。それに僕はずっと……さ、さと……さと、るが……」
嬉しかったという割りには、俺から視線を逸らして語尾を濁す日高に何か引っかかる物を感じる。本当は嫌だったんじゃないか?
「俺が渡したメッセージカードはどうしたの? 捨てちゃった?」
「そんなわけ無いよ! ちゃんと大事に持ってるよ」
きっぱりと即答してくれたってことは本当だよね。持っててくれてるってことは嫌じゃなかったって事だよな。
嬉しいけど、でもずっと持ってられるのも恥ずかしいな。
だってあれは、誰からか分からないようにしようと思って頑張って可愛い文字にしてピンクのペンなんて使って書いちゃったんだよね。思い出したらすっごく恥ずかしくなってきた。
「あれはもういいから、捨てちゃってよ」
「これは捨てちゃ駄目なのに君のは捨てろなんて、もう気が変わっちゃったってこと?」
俺の勝手な言い様に、日高がちょっと意地悪く微笑む。
「そんなこと……あー、でも、うん。そうかも」
「え?」
驚いて目を見開く日高ににっこり笑うと、日高は拗ねたようにジトッと俺を睨んだ。
「僕をからかって面白がってる?」
「そんなこと無いよ」
「じゃあどういう意味? 気が変わったって」
「それは秘密です」
「秘密って、気になるよ。ねぇ、どういう意味?」
わざとらしく目を逸らしてとぼける俺の腕を引っ掴んで、ちょっと不安そうな表情で日高が食い下がってくる。
普段の冷静で落ち着いた日高からは想像も付かない。
あの頃の俺は、こんな日高は知らなかった。
色んな日高を知った今、あの頃より、ずっとずっと日高が大好きだ――