浩二が、限りなく金に近い色に染まったオレの髪に顔を埋める。
「懐かしい? 向こうで金髪の男の子と遊んできたんでしょ?」
「馬鹿」
さっきの話の様子じゃ、遊んでる暇なんて無かっただろうってのは分かる。
分かった上で言ってるオレの軽いからかいの言葉に、浩二も笑いながらオレの髪に頬ずりする。
髪や頭に触られるのは、気持ちいいから好きだ。
やっぱりオレは気持ちのいいことが好きなんだよね。
少々あざとかろうと、耳元で「愛してる」なんて囁きながら抱きしめてくれる人じゃないと駄目なんだ。
オレも浩二の背中に手を回し、久しぶりの抱擁を楽しむ。
仕事帰りの浩二からはいつも、新車の匂いがする。
オレは車には興味ないけど、この匂いは好きだ。
車用の芳香剤の匂いなんだろうか、お店の車の匂いが服に染み付いちゃってるんだよね。
目をつぶっててもこの匂いをかげば、浩二だと分かる。
こうして身体全部で浩二を感じていると、自分がどれほどどれほどこうして欲しかったかに気づかされる。
寂しかった。つらかった。嫌だった。痛かった。
それは全部、全部、浩二がいなかったせいだ。
――だけど今は、こうしてオレを抱きしめてくれてる。
それでいいじゃないか。
ひとりきりになんて絶対に戻りたくない。
四六時中一緒にいて欲しいってわけじゃない。ただ、誰かと一緒に暮らしたいんだ。
温かい光の灯った家に帰ったり、明かりを付けて誰かの帰りを待ったりする、そんな普通の暮らしがしたい。
普通の家族みたいに。と言いたいところだけど、そんな家族なんてテレビの中でしか観たことがないから本当のところはよく分からない。
だから、ただこうして側にいて抱きしめてくれる人と暮らせれば、それでいいんだ。
「浩二……」
「俊也」
しだいに抱きしめると言うより身体をまさぐり始めた浩二の手に身を任せるオレに、浩二はここでいいのかと視線で聞いてくる。
オレはいつもこのリビングで始めると、ベッドに行きたがって途中で中断させたりもするから。
だけど、今はまだあのベッドでする気にはなれなかった。
黙って目を閉じたオレの意図を察して、浩二も黙って愛撫を再開する。
シャツをたくし上げて、素肌に手を這わしてくる。どんどん上ってくるその手に、期待が高まる。
「あっ……」
胸の敏感な部分に、僅かに触れられただけで声が漏れる。元々感じやすい方だって自覚はあるけど、こんなに軽く手があたった程度で声なんか出ちゃったのは初めてだ。
浩二もそれに気づいたのか、わざと指先でなでるようにしか触ってこない。
「んっ、浩二。ちょっ……」
「何だ?」
浩二はオレの首筋に顔を埋めて、そこは丹念に舌を這わせてオレが感じる場所を探ってくれるくせに、手の動きははやんわりとさする程度。分かっててやってる。
オレがじれて自分からねだってくるのを待ってるんだ。
「もっとちゃんと、触ってよ」
「触ってるだろう」
「もっと。もっと触って。オレの、どこもかしこも、全部触って――」
「分かった」
恥ずかしいけど、ねだって貰えるものならいくらでもねだっちゃう。この数日間の寂しさを忘れられるくらいに愛して欲しい。
浩二は、開き直るみたいにまくし立てるオレの唇を、キスで塞いで黙らせた。
何度も角度を変えてむさぼるように舌を絡めてくる浩二に、俺も懸命に応える。
互いの立てる濡れた音が、鼓動と体温を上げていく。
砕け落ちそうになる腰を浩二が支えて、より強く抱きしめてくれる。足下が浮いたようなふわふわとした陶酔感に、何も考えられなくなる。
「本当に、誰とも何もしてなかったんだな」
「あ……はぁ……」
「当たり前」と言いたかったが、息が上がって言葉が出ない。
浩二はいつの間にかオレのズボンのファスナーを降ろして、その中に手を差し込んで中をまさぐっていた。
久しぶりの刺激に、自分でももうパンツが濡れるほど滴っちゃってるのが分かる。
そんなオレを見て、浩二が意地悪くのどの奥で笑う。
でも、不思議と恥ずかしくはなかった。
だって浩二が嬉しそうなんだもん。
浩二が嬉しいんなら、オレも嬉しい。
「浩二……」
今度はオレの方からキスを反そうと、浩二の髪に優しく指を絡ませて引き寄せる。
浩二もにっこり微笑んで首を傾けゆっくりと近づいて来た――そんな俺たちを、ふたり同時にフリーズさせる音が静かなリビングに鳴り響いた。
この音は浩二の携帯電話のコール音。しかも仕事用のだ。
「……鳴ってるよ」
浩二はオレに気を遣って出るのをためらってる振りをしてるけど、出ないわけにはいかないことに変わりはない。
オレに促され、渋々という感じで浩二は電話に出た。
「はい。え? ああ……はい。はい、それはともかく、お怪我は?」
電話に出た浩二は、一瞬で真剣な表情になった。
これはただ事ではなさそうと思って聞き耳を立てる。断片的な会話から察するに、どうもまた誰か顧客が事故ったらしい。
「相手に免許証を見せて貰って……はい。そうですか。それではナンバーを控えてください。……それはそうですが、どちらにせよ保険を使われるのでしたら警察を呼ばないと――」
ああ、なんか話がすっごく嫌な方向に向かってる気がする。
浩二はじっとりと見つめるオレの視線から逃れるように背を向けて話しているが、会話は丸聞こえだ。
「それでは、今からそちらに伺います」
嫌な締め言葉と共に電話を切った浩二が、俯きながらこっちを振り返った。
「……すまない」
「すまないって、ちょっと。ちょっとだけ待って貰えばいいじゃない!」
「無理だ」
「無理って……これ、どーすんだよ!」
「いい子だからひとりで何とかしてくれ」
「ちょっと! もう! そんなのって――」
「行ってくる」
怒鳴るオレを抱き寄せてキスすると、浩二は素早く身支度を調えてあわただしく出て行ってしまった。
めくれたシャツは直したけど、ズボンのファスナーは上げるに上げられず降ろしたまんまと言う間抜けな状態でひとり取り残されたオレは、リビングで呆然と立ちつくしていた。
仕事だから仕方ない。と、分かってるけど、けど。こんなのってありか!
ここまで来てひとりでするなんて、絶対やだ! と思うんだけど、どうにかしないとどうにもならない。
安積さんの家にいる間、全然やってなかったんで溜まりまくってるんだから。
安積さん家ではくつろげたけど、やっぱりこう言うことはさすがにちょっと出来なくて、安積さんが留守の時にもしなかった。
まあ、そんな気も起きなかったし。
……でも、安積さんはどうだったんだろう。
オレがいたんじゃ出来なかったよな。
安積さんがしてるところって、何か想像できなかったけど、やってないわけはないよね。どんな風にやってるんだろう。
――なんか全部脱いでやってそうなイメージだな。見てみたいな……
「って、何考えてんだよ!」
とんでもなく不埒なことを考えちゃう自分を叱りつける。
でも、彼女とは二ヶ月以上会ってないって言ってたから……だから何だって言うんだ、考えちゃ駄目だ!
だけど、ずっと、あのたくましい胸に抱かれていたのは、どんな女の人なんだろうってのはすごく気になってた。
彼女とは、どんな風にしてたんだろう。きっと優しくしてたんだろうな。
オレは女の人とは経験がないから、抱くって立場があまり理解できない。抱くより抱かれたいって気持ちの方が強い。
いい女を抱いている男より、いい男に抱かれている女の方がうらやましい。
性的なことに興味を持ちだした頃にはもう男からの誘いを受けてたオレにとって、セックスって言うと自分が抱く側じゃなく抱かれる物という世間的に間違った認識をしちゃってるんだよね。
――オレも、女だったら安積さんは抱いてくれたかな。
「だからっ、安積さんはいいんだったら!」
隙あらばすぐに安積さんのことを考えようとする自分の頭を殴ってみるが、そんなことで煩悩は消えない。
それどころか、早く何とかしろと自己主張していたそこは、ますます硬くなって来ちゃってた。
「や……マジで駄目だって」
俺はさっさと済ませようとソファに座り、物理刺激で何とか状況を打破すべく闇雲に手を上下に動かして刺激を与えた。
それでも全然その気にならないのは、がらんとした寂しいリビングなんて見てるからかも。
オレは集中しようと目を閉じた。が、目を閉じると着替え途中に見た安積さんのタンクトップから覗くたくましい腕がまぶたの裏にちらつき出した。
考えちゃ駄目だと思えば思うほど、考えちゃいけないことが浮かんでくる。
あの腕に抱かれていただろう見たこともない彼女に嫉妬するより、それが自分だったらなんて妄想が広がってしまう。
きっと優しく抱きしめてくれる。あの広い胸に、思い切り甘えたい。
広がりだした妄想の暴走が止まらない。
「ん……んんっ」
身体の方はいい感じにノって来ちゃったのはいいけど、妄想の中身はよくない!
ついさっきまでいた浩二のことを思い出そう。
浩二がいつもしてくれるように、肩にキスをする感じで自分の肩に頬ずりしながら、自分を高めていく。
だけど、それでまたオレは安積さんのたくましい肩を思い出してしまう。
「だ、駄目……んっあっ……」
オレはもうとにかくさっさと終わらせようと、左手で自分自身を抱きしめるように身体を抱え、先端をいじったりする小技は捨ててとにかく素早く手を動かし続けた。
「はっ……は、あっんっんっ、気持ち……い」
本当はそんなに気持ちいい訳じゃないけど、自分自身を騙すためにわざと声を上げてみる。
腰もくねらせて手とは別の刺激を与えると、ようやく気分がノってきたのか先端が溶けてきたのかと思うほど我慢してきた物の先走りが溢れて来た。
だけど、ぬるぬるしすぎるのも刺激を損なう。オレはテーブルにあったティッシュで拭き取りながらなおも刺激を与え続ける。
こんなに溜まっていたなんて、自分でも驚く。
こんなに溜まっていても、平気だった。あそこでなら満たされた気分でいられた。
「あ……安積、さん……」
何も考えちゃ駄目だ。何も、あの笑顔も、声も……全部が優しかったあの人のことを、考えちゃいけない。
考えちゃいけないのに。
でも、きっと優しくしてくれる。あの温かくって大きな手で、触ってくれたなら――
「や、やぁっ、イ……イっちゃ、駄目……んっ、あっん……あ……」
駄目だと思っても手が止まらない。頭の中から優しい笑顔が消えない。
自分でも制御不能になった身体と心をもてあましたまま、オレは何枚も重ねたティッシュ越しにも暖かさが分かるほどたっぷりと、溜まっていた欲求を吐き出した。
ビクビクと、イったばかりの身体が震える。両手で抱きしめてもその震えは止まらない。
息をしているのに、息が苦しい。吸っても吸っても酸素が入ってこないみたいに、胸が苦しい。
「どうしよう……」
自分の声が、どこか遠く聞こえる。
「どうしよう、オレ――」
オレ――安積さんで、抜いちゃった。