14.Mar White Heaven

『ピピ……』
 バシッ
「いててっ」
 目覚まし時計が鳴ると同時に飛び起きると、俺はベッドサイドの目覚まし時計をはたき落とす勢いでアラームを止めた。
「おはよう、フェルプス君。――今日の任務は失敗は許されないぞ」
 勢いを付けすぎて時計に打ち付けた手を、ブンブン振って痛みをごまかしながらベッドの上でピーター・グレイブスを気取ってみても、決まらないことこの上ない。
 だけど今日の俺はやる気全開だった。なんと言っても今日は――

「聡(さとる)ー、今日は朝練なんでしょ。いつまで寝てるの!」
「起きてるーっ」
 階下から叫ぶ母さんの声に現実に引き戻された俺は、部屋を飛び出し慌てて階段を駆け下りた。
 本当は今日は朝練なんか無いんだけど、母さんに理由を話すのは面倒くさいんでそう言うことにしておく。俺がいつもより早く家を出るなんて、陸上部の朝練以外には考えられないもんな。
 でも今日は違う。
 手早く準備を済まして朝ご飯をかき込むと、急いで家を出た。


「ごっめん! ちょっと遅れた?」
「いや、そんなことないよ。走ってきてくれたんだ。ごめんね、こんなこと頼んじゃって」
 校門の前で、大きな紙袋を持った日高が俺を待っていた。
 俺は今日、普段の登校時間より早めの時間に日高と待ち合わせをしていたんだ。
 一ヶ月前からは信じられない状況。
 そう、日高と俺はきっかり一月前まではただのクラスメートでしかなくて、話すことすらほとんど無い間柄だったんだ。
 大体向こうは生徒会長、こっちは陸上部。成績は向こうが極上で、こっちは並……だと思いたい。――とにかく同じクラスってこと以外、共通点は何もない。
 そんな俺達がここ最近で急に仲良くなった。
 周りも不思議がっていたけど、世間的に切っ掛けは『気分が悪くなった日高を俺が介抱した』と言うことになってる。実情はほぼ逆なんだけど。
 実は一ヶ月前、バレンタインの日に俺がどさくさ紛れに生徒会長として頑張ってる日高に応援メッセージを贈ろうと、チョコレートを渡したのが切っ掛けで仲良くなった。
 そのとき俺のせいでふたりして授業に遅刻したんだけど、日高が機転を利かせて気分が悪くなった日高に俺が付き添ってて遅れたってことにしてくれて、それでお咎めなしってことになった。その話が周りに広がって、俺が日高を助けたということになっちゃったんだ。
 訂正しようとすると嘘がバレるし、それに日高は気にしてないからって何も言わないんで結局そのままになってしまっている。

 切っ掛けとなったあの時のことで、俺には分からないことがあった。それは何でチョコを日高の机に入れようと教室に戻った俺を日高が追って来たのかってこと。
 気になって後から訊いてみたら、俺が午前中ずっと日高をチラ見してたのがバレバレで、何か用があるんだろうと思って来てくれたってことだった。
「本当は同じクラスになってからずっと、篠田君がたまに僕のことを見てるなって気付いてたんだ」
「気が付いてて知らんぷりってひどくないか? こんなことならもっと早く好きだって言っとけばよかった。そしたらもっとずっと早く仲良くなれたのに」
「仲良く……ねぇ」
「何? 何か嫌そうじゃない?」
「いいや。これからだって遅くはないじゃない。仲良くなるのはさ」

 とにかくそんなわけでバレンタインの日から付き合いが始まって、俺達はこの一ヶ月で本当にずいぶん仲良くなった。
 まず手始めに約束通り、バレンタインの次の日曜日に一緒にチョコレートを買いに行ったんだ。4つ選んでふたりで2つずつデパートのエスカレーター横の休憩用のソファーに座って食べた。まさに病み付きになる美味さって感じだったけどあんな高いものそうそう買えないし、また次のバレンタインまではお預けかな。
 その後は美術館で芸術鑑賞――なんてことはなく、ボウリング場で一ゲームしてロデオマシーンに乗ったりUFOキャッチャーしたり、ごく普通に楽しく遊んだ。
 当たり前なんだけど日高だって俺と同じ歳なんだ。ゲームもすれば冗談も言う。そう思ったら肩に入ってた力が抜けて、普通に接することが出来るようになった。今じゃ「日高」なんて呼び捨てである。
 だけど一緒に街に出掛けて、改めて日高は中身だけじゃなくて見た目も格好いいと実感させられることがあった。
 ゲームコーナーで知らない女の子に「一緒にプリクラ撮りませんか?」なんて逆ナンパをされてしまったんだ。
 日高は真っ黒でストレートの髪に奥二重でキリッとした目元が知的な感じで、彫りが深いわけじゃないけどはっきりした顔立ちをしてるから写真写りもスゴく良さそうなんで、声をかけてきた女の子の気持ちはよく分かる。
 だけど俺が初めてのことに舞い上がってる間に日高が断ってしまった。でも、その断り方も手慣れた感じでこんなこと日常茶飯事って感じだった。ちくしょう格好いいじゃないか。やっぱり俺には絶対真似できないよな。
 俺はますます日高に惚れ込み、日高の方も好かれて悪い気はしないんだろう、俺と一緒に行動することが多くなった。
 それまではいつも昼飯は生徒会室で食べてたのを、たまにだけど俺と俺の友達のグループと一緒に食べるようになったし、休み時間とか教室の移動の時とかも俺と一緒。帰りは時間が合わないし何より家の方向がまるきり逆だから別だけど、たった一ヶ月で俺は日高と一番よく一緒にいる相手になっていた。

 そんなわけでホワイトデーの今日、日高がバレンタインのお返しを配る手伝いを俺に頼んできたってわけだ。
「こんなこと頼めるのは篠田君しかいなくって。篠田君なら口も硬いし信頼できるから」
 なんて言われたら断れるわけがない。喜んで引き受けたんだけど、話を聞くとこれが結構大変そうだった。
 無記名のは仕方がないとして、名前がある物には全部お返しをする。それはいいんだけど日高は妙なところをこだわるタイプで、靴箱や机にこっそり入れた子にはこっそり、直接くれた子には直接返すと言うんだ。
「そうじゃないと不公平だろ? やっぱり直接渡す方が勇気がいると思うんだ。勇気を出してくれた人とそうじゃない人を一緒の扱いにするのはおかしいよ」
 ……と、言うのが日高の主張。
 うーん、律儀律儀。日高のこう言うところが好きなんだよな。ってことで日高ファンの俺としては喜んで手伝わせて貰うことにした。

 まずは朝の人気のない時間帯の内に、こっそりくれた子の下駄箱にお返しのキャンディーの詰め合わせが入ってるという包みを投入する。
 これは簡単そうだけど、まったく同じ下駄箱がずらっと並んでる中から小さなネームプレートを頼りに探すわけだから意外と難しい。
 予め日高が作っておいたリストを見ながら俺は1年、日高は3年、とふたりして手分けして両端から探していく。
 大変だったけど、二人掛かりでやれば何とか登校時間のピークまでに終了した。


 次は休み時間を使って、直接渡してくれた子へのお返し。
 これも堂々と渡しに来た子には日高が直接行くんだけど、友達に日高を人目に付きにくい場所に呼びだして貰ってこっそり渡してきた子には、俺が日高の代わりにその子を呼びだして他の人に見られないような場所で日高が渡す、という丁寧さ。血液型A型か? 日高……と、思いつつ俺は黙々と手伝った。
 そして昼休みのちょっと長めの休み時間を利用して日高が3年の校舎の方に渡しに行っている間に、俺も自分の分のお返しを渡しに行くことにした。

「佐藤さーん、ちょっといい?」
「あれ? 篠田君どしたの?」
 2−Bの教室をのぞき込んで、教室の後ろの方に固まってる女子のグループに声を掛けると、その中に埋没していた小柄な佐藤さんがちょろりと走り出してきた。
「あのー、これ、つまらないものですが。ホワイトデーのお返しですぅ」
「あらやだ! わざわざすいませーん」
 ふざけて近所のおばちゃん風にリボンのかかった袋を差し出す俺に合わせて、佐藤さんもおばちゃん口調で受け取る。
「いや、ホントにわざわざありがとう。部活の時でよかったのに」
「俺、今日ちょっと用があって部活休むから」
「用って何があるの?」
 おばちゃん風から普段の口調に戻った佐藤さんに、わざわざ持ってきた理由を聞かれる。まあ陸上部の男子と女子は同じグラウンドで練習するんで、部活前に渡せばいい物を休み時間に持ってきたんだから理由を聞かれるのは予想してた。
「んー、ちょっと。日高からの頼まれごとで」
「日高って生徒会長の? 生徒会の仕事押しつけられたんだ。かわいそー」
「いや、押しつけられたわけじゃないから」
 と言うか本当は生徒会の仕事じゃなくてただの友達としての手伝い、つまりはサボりだ。でも、こうやって曖昧に言っておけばそう勘違いしてくれるだろうと思ってそう言った。顧問の先生すら休む理由をそれでごまかされてくれたから、日高ってやっぱり信用あるんだな。

「お仕事がんばってねー。あ、これ、ありがとね」
 戸口で俺の渡したお返しを持って笑顔で送り出してくれた佐藤さんに手を振って自分の教室に戻ろうとすると、目の前の廊下に日高が立っていた。
「うわ、びっくりしたー。もう渡してきたんだ」
「……さっきの子、陸上部の子だよね。チョコレート貰ったんだ」
「うん。っても超義理だけどね。俺の陸上部の友達の山本って知ってる? 佐藤さんは山本と付き合ってるから友達の俺にもくれただけ」
「へぇ、そうなんだ」
 日高ってば、俺が義理チョコすら貰えない奴だとでも思ってたんだろうか。何かすっきりしない顔をしている日高と一緒に教室へ戻った。


 その後の休み時間にもさばききれなかった分は放課後に持ち越した。と言うか、何かちょっと訳ありな子を後に残したらしい。
 そう。バレンタインにチョコレートを贈るって、ミーハー気分や義理ばかりじゃないんだよな。自分が義理チョコにしか縁がないもんだから考えてなかったけど、本気で、日高が好きで付き合いたくてチョコを贈った女の子もいるんだ。
 日高はそういう子には放課後ゆっくり渡せるようにしたみたいだった。

 日高に頼まれて俺が呼びに行った女の子は1−Aの松川春美(まつかわ はるみ)。
 名前を聞いただけではピンと来なかったんだけど、顔を見たら俺も知ってる子だった。と言うより、この学校で彼女を知らない奴は居ない。モデルにスカウトされて雑誌に載ったりもしている校内でも有名な美少女だ。
 休み時間の内に「日高が放課後に話があるって」と伝えたんだけど、その時やけに真剣な表情で頷かれてドキッとしたりした。美人はどんな顔しても美人だ。しかも間近で見ちゃったし。あんな綺麗な子と内緒話が出来るなんて、これが最初で最後だろう。
 とにかく、呼び出す役目は終わったし俺は別にもう居なくてもいいと思ったんだけど、日高が待っててくれと言うから、俺は放課後の人気のない物理室で会うふたりをちょっと離れた渡り廊下からこっそり窓越しに見ていることにした。

 そして約束の時間きっかりに松川さんは物理室にやって来た。やっぱり日高には美人が似合う。俺ってばもしかして校内一のビッグカップル誕生の瞬間に立ち会ってるのか? と何だか俺の方がドキドキしてきた。
 でもせっかく日高と仲良くなれたのに、彼女が出来ちゃうと男の友情なんてそっちのけになってしまうのかもと思うとちょっと寂しい。だけど、友達として日高の幸せは喜んでやらないと。
 それにもしかしたら一番に彼女を紹介したくって、俺をこの場に呼んでくれたんじゃないかと思うと寂しいけど嬉しかった。
 ――だけど、なんか雲行きが変? 何を話しているのかまでは聞こえないけど、ふたりの様子はいいムードにはとても見えない。松川さんが日高に詰め寄ってる感じ。これは見た感じ日高がお断りしているようにしか見えない。
 ええ? 何で? 思わず手すりに乗り出して様子を窺ってしまうけど、よく分からない。その内に松川さんが物理室を出て廊下の方に走っていってしまったっぽい。
 意外な展開に唖然としている俺の元に、日高が帰ってきた。
「あのー……日高、断っちゃったの? その、お付き合い」
「うん」
「何で?」
「何でって、他に好きな子がいるから」
 こんなことを訊いて怒られないかと恐る恐る尋ねる俺に、日高はこともなげに答えてくれた。そしてにっこり笑って続けた。
「悪いんだけど、あと一つだけ付き合ってくれる?」
「あ、うん! いいよ」
 あと一つってことは、もしかしてその子が本命? 今度こそ好きな子を紹介してくれる気かとワクワクして付いていくと、日高の向かった先は生徒会室だった。

 副会長の前川さんとか、義理チョコをくれた生徒会役員の女の子達には全員渡し終わったと思ったんだけど、まだ誰かいたっけ? それにもうみんな帰っちゃってて誰も居ないし。
 だけど日高は俺達以外誰も居ないこの部屋で、紙袋から最後の包みを取り出した。
 他の子のより大きくて重そうな箱物。まさに今までの義理用とは違う本命用って感じがある。
「はい、篠田君」
「え? これをどこに持って行けばいいの?」
 その本命用っぽい包みを渡されて、困惑している俺に日高が苦笑する。
「何をぼけてるんだよ。これは君宛だよ。君も僕にチョコレートをくれただろ」
「え! 俺にもお返しくれるの?」
 予想外の嬉しいサプライズに、俺は思わず颯爽とリボンを解いて包みを開け始めてしまう。
「あ、今開けていい?」
「どうぞ」
 一応気が付いて本人に了解を取って包みを開く。いつもなら包み紙なんてバリッといっちゃうんだけど、これはせっかくだから取っておきたいんでそうっと開ける。
 箱を開くと、衝撃を緩和するプチプチにくるまれたガラス瓶が出てきた。そしてその中には色とりどりのキャンディーが詰まっていた。
 いかにもホワイトデーのお返しって感じが律儀な日高っぽくて面白い。
 俺は瓶をひっくり返して、中のキャンディーを全部机の上にばらまいた。俺はこういう何種類も入ってる物って、何がどれだけ入ってるのか知りたい質なんだ。
「んー、赤はストロベリーだよな。いや、チェリーかな? 緑もマスカットかメロンかどっちだろう? 黄色はレモンだよなー」
 色分けしながら味を推測する俺を見て日高が笑う。
「キャンディー一瓶で楽しそうだね」
「何だよ。悪い?」
「ううん。それだけ楽しんで貰えたら贈り甲斐があるよ。でも、見てるばかりで食べないの?」
「食べるよ。一番数の多い色のをまず食べるんだ」
 これも俺のこだわり。つまんないことだけど、最後まで色んな味を楽しむには均等に減らしていかないとね。
 で、結果は赤色が一番多かったってことで、俺は赤い色のキャンディーを選んだ。ストロベリーかチェリーかも分かるし、グッドチョイスだ。
 透明な包みを解いて口に放り込む。瞬間に鼻に抜ける匂いですぐに分かった。
「ストロベリーだ」
 コロコロと口の中で転がすと、当然のように味もストロベリー。普通によくあるキャンディーの味だけど、折角日高がくれたんだからゆっくり味わおう。
 そんな俺を日高がジーッと見ている。
「何?」
「何って、何か忘れてない?」
「ん?」
「僕も君にチョコレートをあげたんだけど?」
「え? ……あ! うん、そーだ。一個貰ったよね」
 俺は意地汚くも、バレンタインに日高にあげたチョコを当の本人から貰って食べちゃったのである。
「一個でもあげたことはあげたよ」
 それはつまり、俺にもお返しを寄こせってことだよね。当然と言えば当然の主張だけど、そこまで考えてなかった。
「それはそうだけどそんな急に言われても、俺なんにも用意してないよ」
「僕は君から貰った物をあげたんだから、君も僕があげた物をお返しにしてくれればいい」
 ああ、そうかそうか。そう言うことか。日高も自分で贈った物の味が気になって食べてみたくなったんだな。その気持ちはよっく分かる。
「そうだな。そうしよう。どれがいい?」
「ストロベリー」
 そう言われて、机の上の赤いキャンディーを取ろうとした俺の手を日高が掴んだ。そのまま引っ張られて日高の方に引き寄せられる。

 またキスされる?
 とっさに後ろに逃げようとしたけど机があって無理。足が机にぶつかってガタンと大きな音を立てる。それに気を取られてバランスを崩した俺を、日高はその机の上に押しつけた。
「ちょっ、日高!」
 起き上がろうと足を動かしたら、前の机に足が当たってその上にばらまいてたキャンディーがパラパラと床に落ちた。ガラスの瓶は端っこまでずれたけど何とか無事だった。
 何すんだよ日高のバカ! 日高から貰ったガラス瓶が落ちるだろ! キャンディーは大丈夫だろうけどガラスの瓶は落ちたら割れちゃうじゃないか。
 取りあえず無事な様子にほっとしつつ、日高を見上げて抗議しようと正面を向いたとたん、やっぱりキスされた――

 しかも、今度は前みたいにすぐには離れてくれない。
「やめっ……? んーっ!」
 僅かに顔を背けて止めろと言おうと口を開いた瞬間に、口ん中にぬめっとした物が入って来た。
「うっん、んーっ」
 それがとっさに奥に逃げる俺の舌を追って絡みついてくる。これってば、日高が、日高の舌が俺の口ん中にって……これはディープキスってヤツなんじゃないのか? こないだの味見のキスとはレベルが違うぞ……何なんだ? 日高って、キスなんて挨拶代わりな帰国子女とかだったりしたっけ? んなことは聞いてないぞ? いや、帰国子女だっていきなりはしてこないよね?
 頭の中をクエスチョンマークが乱舞してまともに考えられない。
「んんっ……ん、あっ……」
 突然、日高は混乱してる俺から唇を離して起き上がる。そして、始まりと同じく唐突に終わった行為に呆然としてる俺の腕を引いて立ち上がらせた。
「ありがとう」
「……へ?」
 わけが分からずただただ放心している俺に、日高はにこやかに笑いかける。

 笑顔の日高が口の中で何かを転がしてる……でもって、俺の口ん中に有ったはずのキャンディーがない。ということは――
「何で、何でわざわざ……人の、食べてるのを取るんだよ! 他にもいっぱいあるだろ!」
「篠田君は美味しそうに食べるから……欲しくなっちゃうんだよ。人が食べてるものって美味しそうに見えない?」
「そ、れはそうだけど。って、そう言う問題か?」
 平然と言ってのける日高に思わず納得しそうになるけど、だからってここまでする奴は滅多に、あんまり、ほとんどいないぞ。
「そう言うことにしておこうよ。でも、どうしてもって言うなら返してもいいけど?」
 そう言って日高はキャンディーを乗せた舌をペロッと出した。つまりそれを返すってことは、また……
「いい! 返していらない。日高にやる!」
 大あわてで否定する俺を日高が笑う。そうだよな。これはからかわれたんだよな。
 だから――

 ちょっとだけ惜しいような気がしたのは、日高には内緒だ。

(up: 2.Mar.2007)

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