Jun A Lull in The Rain −2−

 今日も朝から雨だった。
 最近もう梅雨入り宣言が出てもいいんじゃないかと思うくらい雨の日が多い。
 俺は昨日の晴れ間が嘘のように朝から降り続く雨にうんざりしていた。
 雨が降ると外での陸上部の活動が出来なくて、多目的ホールや校舎の廊下を使った腹筋とかの基礎体力作りが中心になるから単調で退屈なんだよね。

 ――こう同じように雨ばかりの日が続くと、思考回路も同じような考えがグルグルと回っちゃうみたいだ。自分の思考に妙な既視感を覚えながら、俺は多目的ホールでの部活動を終えて後片付けをしている1年生を指導していた。
「先輩、モップかけ終わりました」
「窓とカーテンの確認終わりました」
 指示を出していた俺の前に、それぞれの仕事を終えた1年生がビシッと直立して報告する。初々しいなぁ。
「お疲れ。んじゃ解散」
「ありがとうございました!」
 これまたビシッと揃って頭を下げた1年生は、解散の言葉に気が緩んだのかバラバラと帰って行く。
 1年生が全員出たホールをもう一度見回して点検してから、俺も帰ろうと出口に向かう。
 その俺の進路を塞ぐように、戸口に1人の生徒が立ちはだかった。
「篠田先輩、部活はもう終わりですか?」
「……初々しくないなぁ。同じ1年生なのに」
 俺は目の前で、にっこりと言うよりにやりと言う感じで笑いながら立っている西森の姿に思わずぼそりと呟いた。うち(陸上部)の1年生にも俺よりデカい奴はいるけど、態度はこいつと違って可愛らしいもんな。
「? 今、ちょっといいですか?」
 西森は俺の独り言の意味が分からずちょっと眉を顰めたけど、それ以上は気にする風もなく俺の返事も待たずにさっさとホール脇のスペースにあるベンチに向かって歩き出す。
 無視してもよかったんだけど、敵状視察もかねてちょっと付き合ってやってもいいかもと思った俺は、先に座った西森から一人分ほど間を開けて同じベンチに腰を下ろした。
「日高なら今日は来てないぞ」
「今日はあなたに会いに来たんです。篠田先輩」
「俺に何の用?」
「篠田先輩は現会長の日高先輩の一番の親友ですよね。おまけについこの前も陸上の県大会800M走で優勝した有名人。会長候補の俺としてはお近づきになりたいと思って当然でしょ?」
 身も蓋もない言い様だけど、ヘタな嘘を付かれるよりはずっといい。こういう取り繕ったりしない変に素直な奴は俺は嫌いじゃないんだよね。
 でもこいつは日高の対抗馬だ。なれ合う気はないぞ。
「おだてて日高の弱点でも聞きだそうってつもりなら無駄だぞ。日高に弱点なんて無いんだから」
 ……いや、本当はあるけど。笑い出したら止まらない、笑い上戸なんだよな。俺もつい最近知ったばかりだけど。でもこれって弱点かな? 後は笑いのツボが変なところにあるとか……これも弱点じゃないか。
 日高の弱点が思いつかずに首をひねる俺をよそに、西森は勝手に話を進める。
「日高先輩は強敵です。でも弱点が無いわけじゃない」
「え? 西森、日高の弱点知ってるの? 何、何? 教えろよ!」
「自覚がないんですか。……まあ、そんなだから弱点になりうるんでしょうけど。俺の弱点は1年生だって事。経験値や知名度が足りない」
 この野郎、人の質問を無視して勝手に話を進めるなよ。お前の弱点なんて興味ないっての。
「だから、知名度の高い篠田先輩に俺の側について欲しいんですよ。あなたに俺の応援演説をお願いしたいんです」
 無視されてむくれる俺にお構いなしで、西森は笑顔でとんでもないことを言ってきた。
「寝言は寝て言え」
「一応、俺は中学でも生徒会長をしていましたからその経験をアピールできると思うんですけど、それだけじゃ心許ない。高校の今の生徒会に通じていて、現副会長の田中先輩よりも知名度の高いあなたに是非味方に付いてもらいたい」
 素気なく切り捨てた俺を無視して、西森は勝手な話をし続ける。
「それに篠田先輩が俺の応援演説をしてくれたら、陸上部の票は確実でしょうからね」
 うちの陸上部は結構大所帯で、女子も合わせると50人近くいる。体育系クラブの中ではバスケとテニスに次いで3番目の部員数だったはず。とはいえ、そんなに魅力的な票数ではないよな。
 それに日高の友達の俺が、こいつに付くはずなんて無いって分かり切ってるだろうに。
 そんな俺の心を見透かしたように、西森は取り引きの交換条件を出してきた。
「もちろん先輩への見返りはありますよ。グラウンドに全天候型舗装のトラックが欲しい、という意見が陸上部から出てますよね。俺が会長になればこの問題を議題に取り上げると約束します」
「議題にするだけかよ」
「だけど3年前にはテニス部の要望で生徒総会の議題に上がって、テニスコートは舗装がされたそうじゃないですか」
 こいつ、そんなことまで調べてるのか。
 確かにトラックを舗装してもらえれば整備に時間を取られることもないし、雨上がりにも泥だらけにならずにすむ。何より競技場と同じ感覚で練習できるのは凄くありがたい。
 俺が在学してる間に施工完了は無理だろうけど、後輩達の為になる。これは陸上部としてはかなり魅力的な提案だ。
 だけどそんな自分に都合のいい話の為に日高の敵に回るなんて、俺はまっぴらだ。
「いい話だけど、俺は協力できない。他の陸上部員をあたってくれ。部長の吉田に持って行くとかさ」
「俺はあなたがいい。今陸上部で一番の成績を上げているのはあなただし、同級生からも後輩からも慕われてる。それに何より、日高先輩の親友のあなたが俺についてくれるということが大切なんだ」
 こいつ本当に正直だな。おまけに直球。自信家な上に実力もある奴じゃないとこうはならないよな。
 こういうタイプは嫌いじゃないんだけど、嫌いじゃないは好きには及ばない。

「そりゃそうだろうけど、俺が日高を裏切るようなマネするわけ無いだろ」
「親友と言っても、お二人って共通点とか無いですよね? どうしてそれでそんなに仲がいいんです? 日高先輩に付いていると、あなたにどんな得があるんですか?」
 真面目な顔をしてくだらないことを訊いてくる西森に、俺は呆れて脱力した。損得だけの関係で親友にまでなれるわけないだろうに、そんなことも知らないのか。
「俺も日高も陸上が好きだよ。俺は走る方で日高は見る方だけど。それに得もいっぱいあるよ。日高は休みの日にも練習を見に来て応援してくれるし、俺のくだらないギャグにも大ウケしてくれるし。日高と居るとすっごく楽しいんだよ」
「楽しいって……それだけですか」
「それだけって何だよ! それが一番大事なことだろ。大体、お前の一番大事な事って何だよ。生徒会長になることも大事なことだろうけど、そっからどうするのか、どうなりたいのかの方が大事だろ。お前は生徒会長になってどうしたいんだ? それが見えない奴の応援なんて出来ないよ。会長の肩書きを手に入れたとしてそこから何がしたいって考えてるのか? ただ生徒の意見をまとめて学校側に伝えるだけなんて、糸電話の糸みたいなものじゃないか。そんな物になって楽しいか?」
「糸電話って……せめて電話線とか無線の電波とかになりませんか?」
 俺の変な例えにつられたのか、西森も変な例えを出してきた。
 お互いに変なこと言ってるなーという自覚から顔を見合わせて黙り込み、しばし奇妙な空気が流れた。
 駄目だ駄目だ。こんな所で見つめ合ってたって話が進まない。気を取り直して話を続ける。
「贅沢言うな。日高は先生に睨まれることがあっても、みんなの要望がどう必要でその為にどうすればいいのか考えて実行する。本当に生徒の意見を学校に伝える生徒みんなの代表、そんな生徒会長なんだよ。俺は生徒会長はそういう人の方がいいから日高を応援する」
「それで日高先輩は何を得てるんです? 何か得る物を感じてそうしているんでしょう? やり遂げた充実感? それとも生徒からの称賛?」
 俺の言葉に、西森は胡散臭げな表情で質問をぶつけてくる。
「俺は日高じゃないから断言は出来ないけど、やり遂げる意志とか、何かしら得た物があると思う。だって会長をしてるときの日高はすっごく格好いいもん。ずっと見ていたいくらい、最高に格好いい。だから俺は日高が好きなんだよ。好きだから一緒にいるんだよ。他に何があるって言うんだ」
 それから、会長じゃないときの普段の日高も妙に可愛いときがあって好きなんだけど、それは言わない。それは俺だけの日高だから。
「好きだの格好いいだのと、そんな恥ずかしいことを恥ずかしげもなくよくスラスラと言えますね」
 改めて言われて一気に顔に血が上った。日高本人が目の前にいるわけじゃないけど照れるな。
「恥ずかしいなら言わなきゃいいのに」
 そんな俺を見て西森があきれ顔で言う。
「お前が訊くから答えてんだろうが!」
「馬鹿正直なんですね」
「バカは余計だ!」
 暑くなる俺とは裏腹に、西森は表情を崩してくすくす笑い出した。
「いいなぁ、篠田先輩。日高先輩が側に置きたがる気持ちが分かったよ」
「何がいいんだよ? 分かったって何が?」
 1人で納得した様子で笑う西森が気にくわなくて訊いてみるけど、西森は答えずにベンチから立ち上がった。
「諦めますよ。篠田先輩に応援演説を頼むのも、会長の座もね。もっと他に欲しい物が出来たから。それじゃあ急ぎますからこれで失礼します。篠田先輩、また明日」
「あ、ちょっと待てって」
 諦めたと言う割りには何か企んでいそうな感じのニュアンスの言い様に、俺はとっそに呼び止めようとしたんだけど、西森はまだ座っている俺の手を取って握手すると、さっさと校舎の方に向かって行ってしまった。
 こいつ、とことん人の話し聞かないな。



 そして次の日、俺は掲示板に張り出された生徒会役員立候補者名簿を見て、西森が本当に会長を諦めたのを知った。
 あの後すぐに選挙管理委員会の方に立候補の届け直しをしたらしい。
 西森は会長から副会長に候補を変えたんだ。

 昼休みに日高と一緒に昼食を食べようといつものように生徒会室に向かった俺は、廊下にまで響いてくる気の毒な奴の声に溜息をつきながら扉を開けた。
「何だってあいつはこんなに簡単に引き下がったんです? 先輩があいつに何か言ったんでしょう!」
「だから、僕は何も知らないって言ってるだろ」
 取り乱した様子で詰め寄る木下に、日高は心底うんざりした様子だった。
 西森が副会長候補に変更しちゃったから、この木下が西森と一騎打ちする羽目になったわけだ。
 木下は現書記だけど、はっきり言って西森に勝てるとは到底思えないよな。かといって立候補の締め切りは昨日の放課後だったから、今更また書記に立候補し直すことも出来ないし。木下が焦るのは分かるけど自業自得だよな。
「ああ、もう。こんなことなら日高先輩を引っ張り出すんじゃなかった」
「今からでも選管に届け出をし直せないか掛け合ってみれば?」
「そうですね! そうしてみます。ありがとうございます、篠田先輩!」
 俺はもう地団駄を踏みそうな木下をなだめるように言うと、万策尽きた感じだった木下は俺の提案に目を輝かせて慌ただしく出て行った。
 でも、多分無理だろうな。
 ごめん、木下。でも俺は日高と静かに昼ご飯が食べたかったんだ。

 木下がうるさかったせいか、普段なら他の役員もここでお弁当を食べたりするのに今日は誰もいない。
 ふたりきりになった俺と日高は、机を挟んで向かい合って座った。
「ありがとう。助かったよ、篠田君」
「ううん。さ、邪魔者はいなくなったし、弁当食べよう」
 と、ご機嫌で弁当を取りだそうとした俺は、扉の開く音に動きを止めた。
 もう木下が帰って来ちゃったのかと音の方を振り向くと、扉を開けたのはもう1人の副会長候補の西森だった。
「ちょっとお邪魔してもいいですか」
「駄目」
「改めてご挨拶に来ただけですから」
 言っても無駄と分かってたけど一応断った俺を、あっさり無視して西森は生徒会室に入ってきた。本当に人の話を聞かないな、こいつは。
「会長から副会長に立候補をし直しました。もう1人の男子副会長候補があの間抜けなら敵じゃないですから、これから1年足らずですけど一緒に活動する事になりますね。以後よろしくお願いします」
「そういうことになりそうだね。どういう心境の変化があったの?」
 日高は朝から休み時間の度にやってくる木下から逃げるのに忙しくかったらしくて会えなくて、昨日の話をするヒマがなかったんだよね。
 と、言っても俺も何で西森が会長を諦めたのかは分からなかったんだよな。
「会長になるのは日高先輩の仕事ぶりをじっくり拝見させていただいてからの方がいいかと思って。それに、もう少し間近で見てみたくなったんです。日高先輩とあなたをね」
 そういって西森は俺の方を見てにっと笑った。
「俺? 俺は生徒会の役員じゃないんだけど」
「でも生徒会室に出入りしているでしょ。大好きな日高先輩に会いに」
 恥ずかしいからそういうことを言うな! 何か言おうとして結局何も言い出せない。そんなアワアワしている俺を放ったらかして西森は話を続ける。
「日高先輩の凄いところは篠田先輩からたっぷり聞かせていただきました」
「話したって、いつ?」
「昨日の放課後。部活が終わってから」
 ようやくちょっと落ち着いた俺が西森と日高のやり取りに口を挟む。
「彼とふたりきりで?」
「ええ。篠田先輩とお話しするのは楽しかったですよ」
 俺は楽しかったって言うよりバカにされた気がするんだけど。そう思って西森を睨んでみたけど、西森はにやにやと笑顔のままだ。
「あんな風に想われるなんて羨ましいです。――俺は羨ましいと思うものを指をくわえて見ているタイプじゃありませんから。欲しいと思ったら手に入れるべく努力します」
「ふーん。報われない努力はいくらやっても無駄なだけだけど、せいぜい頑張ってね」
 日高と西森はお互い笑顔なんだけど、何だか嫌な感じの空気が流れてるみたいで怖いぞ。
「と、言うわけで篠田先輩。また日高先輩のお話聞かせて下さいね」
「え? ああ、まあいいけど」
「よかった。俺も日高先輩に負けないような立派な生徒会長になりたいですから」
 日高はまだ西森のことが気にくわないみたいだけど、西森は日高のことが気に入ったみたい。俺としては日高ファンが増えるのは大歓迎だ。
「そんなに日高の話が聞きたい?」
「ええ、是非」
「なあなあ、じゃあ一緒に日高のファンクラブ作らないか?」
 俺は立ち上がって西村に近づくと、こそっと西森に耳打ちした。本人の目の前だし、断られたらみっともないのでこっそりね。
 でも西森はこの提案が気に入ったらしく、笑顔で頷いた。
「いいですね。でも日高先輩には内緒で、篠田先輩と俺の2人だけの秘密にしてください」
「えー、何で内緒? 公認の方がいいじゃん」
「こういう事は、こっそりやるのが楽しいんじゃないですか」
 軽く身を屈め日高に背を向けて俺と話している西森を、日高がいかにも気に入らないといった目つきで睨んでいる。もうライバルじゃないんだから警戒なんてしなくていいのに。
「何をコソコソ話してるんだい?」
「俺と篠田先輩だけの秘密です。ね? 篠田先輩」
 西森は不機嫌そうな日高をまるで気にしないというか、むしろ楽しそうに俺の肩に腕を回して、にこっと笑った。
 何だ、こいつもこんな風に笑ったら年相応に可愛いじゃないか。それにノリもいいし。
「んー、まあ、非公認でもいいかな」
「ホントですか? やった」
 嬉しそうに西森が俺に抱きついてきた。俺も日高好きのお仲間が出来て嬉しい。
「聡(さとる)になれなれしくするな!」
 でもその様子に、珍しく日高が声を荒げた。その勢いに西森より俺の方がびっくりした。
「日高、何怒ってるんだよ」
「別に怒ってなんかないよ。ただ……目の前で内緒話をされるのは気分のいいものじゃないから」
「ああ、それはそうだよね。ごめん。んじゃ西森、この話はまた後でな」
「ええ、後で。2人きりでゆっくり話しましょう」
 俺の肩に手を置いて耳元で囁くように言うと、西森は楽しそうに出て行った。


「今、何を話してたの?」
「それは秘密です。ところで日高、さっき俺のこと聡って呼ばなかった?」
 俺はとっさに話題を変えて訊いてみた。話題を逸らすというより実際ちょっと気になった事だし。
「……いけなかった?」
「いけなくはないけど、突然だなと思って」
 中学時代から一緒の山本とか昔からの友達は俺のことを「サトッちゃん」と呼ぶけど、高校から友達になった奴らはみんな「篠田」だもんな。
 それに日高が誰かを名前で呼んでるのって聞いたことなかったから何だか新鮮な感じ。
「だってあいつが……西森が「篠田先輩」って呼んで、僕が「篠田君」じゃ同じみたいで……でも、君がそう呼ばれるのが嫌なら止すから」
「別に嫌じゃないよ。家族にはそう呼ばれてるし」
「本当にいいの?」
「いいってば。そんなことでいちいち気を遣わなくても。でも、日高のそう言う気遣いのあるところ好きだな」
「え? ――今、何て?」
 うう、なるべく自然にさらっと言おうとしたら、さらりとしすぎて聞き返されちゃった。
 何度も言わせるなよ恥ずかしい。けど言わないと。
「え、あー、日高のそう言うところはいいよねって」
「もっとちゃんと、正確に言い直して」
「……日高のそう言うところ、好きだ……な、って」
「聡」
 日高は嬉しそうに微笑んで俺の名前を呼んで、その唇でそっと触れてきた。俺もそれに応えるように日高の首筋に腕を回そうと――したんだけど、扉の開く気配に慌ててその手で日高の肩を掴んで引っぺがした。
「うわっ」
「どうしました? 2人とも慌てちゃって」
 思わず叫んじゃった口元を押さえて頑張って平静を装う。
「そういうお前は何しに戻って来たんだよ」
「もうあんまり時間がないからここで一緒に昼食にさせてもらおうと思って、下の購買部でパンを買ってきたんです」
「ホントだ、もうこんな時間じゃない。早く食べちゃおう日高」
「そうですよ。日高先輩。早く食べましょ」
 そう言って俺の隣に椅子を引き寄せて座る西森に、日高が露骨に嫌な顔をする。つい昨日まで競争相手だと思ってた相手だから仕方ないにしても、これからは一緒にやっていくことになるんだろうから俺が間で取り持たないと。
「ほーら、いいから日高も座って。そんな風に後輩に意地悪する奴は嫌いだぞ」
「嫌いだなんて、さっきと言ってることがま逆だね」
「俺が居ない間に2人で何の話をしてたんです?」
 日高の言葉にさっきのやり取りを思い出して思わず黙り込んでしまった俺に変わって、西森が日高に話しかける。
「聡と僕の話だから、君は関係ないよ」
「意地悪ですね。いいですよ、篠田先輩に訊きますから。ね? 篠田先輩」
「いいから早くご飯食べろよ。時間無くなるぞ」
「話を聞かせてくれるって言ったじゃないですか」
 そりゃあ日高の話をしてやると言ったけど、これは別だ。俺の肩に腕を回してじゃれてくる西森を無視して俺は弁当を広げる。
「いちいち聡にベタベタするな」
「あ、いつの間にか「聡」が定着しちゃってる。本当に何を話してたんです?」
 ますます俺にしがみついてきた西森の襟首を、日高が掴んで引っぺがす。でもさほど険悪なムードはないよな。
 人をネタに遊んでるって感じ。

 もう知らない。仲良くケンカしている2人を放って、俺は無言でお弁当を食べることにした。

(up:9.Jun .2007)

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