体育祭が終われば、今度は文化祭の準備が始まる。
この季節は慌ただしいけど、活気があって好きだ。
俺はまだスポーツ推薦の実技があるから身体がなまらないように陸上の部活に自主参加させてもらってるけど、一応は引退してる身だからクラブ関係の展示活動には参加しなくていい。
そんなわけで文化祭ですることはクラス展示だけでいい俺は気楽なんだけど、日高はやっぱり生徒会の活動があるから忙しい。
だからいつものように俺も手伝うと言ったのに、今回は何も手伝わしてもらえ無い。
それどころか生徒会室には『関係者以外立ち入り禁止』なんて張り紙が貼られてて入れなかったりする。
これは確実に俺を生徒会室に入れないために貼ったんだよな。俺の他にも役員の友達とか生徒会室に入り浸る部外者は居るには居るけど、一番頻繁に出入りしてるのは俺だもん。
お札を貼られて入れないって、何だか四谷怪談か何かであった気がして嫌だな。
でもまあ、避けられてる理由はある程度察しが付いてるからいいんだけど。
理由として考えられる仮説は3つ。
その1は、俺じゃ役に立てないから。
その2は、俺をびっくりさせたいから。
その3は、恥ずかしい恰好を見られたくないから。
どうしてそんな理由にいたったかというと、生徒会の出し物が仮装で、今はその衣装作りの追い込みで大忙しだからだ。
うちの高校は文化祭の時期の10月末はハロウィンという理由で、文化祭の閉会式で2年生と生徒会役員が一緒に仮装をするんだ。
その為の衣装の用意で忙しいわけだから、裁縫なんてからきし出来ない俺は出る幕無し。と、言いたいところだけど剣とか造花とかの小道具作りの手伝いくらいは出来る。
だから『びっくりさせたい』か『恥ずかしい』が理由なんだろう。
だとしたら、日高と一緒にいられないのは寂しいけど、文化祭当日が楽しみだからちょっとだけ嬉しかったりもする。
この文化祭の仮装は毎年のことなんで、衣装や小道具は保管してある昔の物を使い回したりもするけど、基本的には毎年作る。
生徒会の衣装は主に生徒会の女子生徒と手芸部が作って、小道具は男子と工芸部が担当する。
この仮装は個人が好き勝手な恰好をする訳じゃなく、生徒会と2年生の各クラスごとにテーマを決めて行う。
ちなみに今年の生徒会のテーマは『不思議の国のアリス』
みんなで『不思議の国のアリス』の登場人物の仮装をするわけだ。
だからその中の誰かの仮装なんだろうけど、なぜだか日高は自分の役を教えてくれない。
生徒会には女の子が4人もいるからまさかアリスって事はないだろうから、他に恥ずかしい役と言えば何だろう?
ハンプティ何とかっていう卵かな? あれは『不思議の国のアリス』じゃなくて『鏡の国のアリス』だっけ? 仮装の元ネタ自体よく把握していない俺に、日高の恰好を推理するのは難しかった。
「だからさ、何かヒントだけでいいから教えてくれないか?」
「駄目です」
「西森から聞いたって絶対バラさないから」
「先輩は口でバラさなくても目や態度でバラしちゃうから意味ないです。よってやっぱり駄目です」
「ケチー」
楽しみだけど、知らないっていうのは仲間はずれみたいでやっぱり寂しい。だから俺は生徒会に潜ませた情報部員から情報を聞き出そうとしていた。
なーんて、副会長の西森から話を聞こうとしてるだけなんだけど。
西森は1年生だけど俺と仲がいい。
西森は生徒会長を目指してるから現会長の日高のことについて、日高と仲がいい俺に色々聞いてくる。そのお返しに西森は副会長として知った日高の事は俺に教えてくれる。
俺達は冗談で日高ファンクラブ1号・2号なんて言い合っている仲だ。
だけど今回はその西森も口を割らない。
どうも日高が箝口令(かんこうれい)を敷いているらしい。
ここまでされたら余計に気になる。『立ち入り禁止』の張り紙のお陰で入れないけど、立ち入らず覗くくらいならいいよなと、小学生みたいないい訳をして入り口で立ちふさがってる西森の横から生徒会室の中に顔を突っ込んで覗いてみた。
日高の姿は見えないけど、女子副会長の古谷さんは金髪のカツラを手にして楽しそうにはしゃいでいる。とすると古谷さんがアリスかな? ずいぶん迫力のあるアリスだなー、なんて失礼なことを考えていると、西森に首根っこを掴まれて廊下に連れ出された。
「コラ! 俺は猫か!」
「篠田先輩。明日の放課後は空いてますか?」
つまみ出されて怒る俺を無視して西森が訊いてきた。
仮にも先輩に対してこの態度。こんなんだから生意気だとか何かと変に誤解されて恨みを買っちゃったりもするのくせに改めないんだから。
ついこの前の体育祭でも逆恨みで怪我をさせられて、やっと治ったばかりのくせに。
あの犯人は突き飛ばした現場をビデオに撮られてた上に、おバカにも友達宛に「西森に仕返し成功!」なんてメールを送っていたことから足が付いた。
俺は詳しくは教えてもらえなかったけど、そいつは他にも余罪があったらしく無期停学を食らって学校に来られなくなってる。
とはいえ、こんな態度じゃいつまた誤解からの逆恨みとかを買うか分からないのに。
ここは卒業まで俺がしっかり付いてて、教育的指導をしてやらないと。
「明日? 特に予定はないけど」
「ちょっと手伝いをお願いしたいんですけど、いいですか?」
「いいよ」
暇をもてあましていた俺は、用件も聞かずに即決で引き受けた。
「それじゃあ放課後に視聴覚室へ来てください」
「分かった。けどそこで何をするんだ?」
引き受けてから用件を聞くのんきな俺に答えず、西森は何かに気付いたようで俺の後ろの方に視線を動かした。
俺もそれにつられて振り返ると、廊下の向こうから日高が歩いてくるのが見えた。
「それじゃあ、明日はよろしくお願いしますね」
「いいけど、明日って……」
「カボチャのジャック」
「え? カボチャ?」
俺の言葉を遮って、西森が声を潜めてボソッと言った。
その西森の言葉の意味を聞き返そうとする俺に、西森は人差し指を口元に当てて『黙って』と合図した。
「聡。来てくれてたんだ」
「ええ。篠田先輩はずーっと日高先輩を待ってたんですよ」
「いや、別にずっとってわけじゃないよ。ちょっと顔を見に来ただけだから」
日高が俺達のところまでくると、西森はさっきの話も態度も何事もなかったように、いつもの憎まれ口を叩くと生徒会室の中に入っていった。
「今日は陸上の練習はないの?」
「うん。今は部活も文化祭の展示の用意で練習はないんだ。クラスの展示は女子が好きなようにやってて出る幕無いし」
うちの高校の文化祭は陸上部とか体育会系のクラブも、普段の活動や大会の様子を撮った写真や大会成績表なんかを作って日頃の成果を発表する。
もう引退したはずの俺がそんなことにまで口を出したら、後輩達がやりにくいだろうと俺は手も口も出さないことにしているから今は本当にヒマ。
「でも今日もここは立ち入り禁止だから、入っちゃ駄目だよ」
「分かってるって。だけど明日は――」
手伝うからと言いかけたんだけど、日高の後ろから俺に向かって西森がまた口元に手を当てたのに気付いて慌てて言葉を呑んだ。
何だろう。日高には内緒の手伝いなのかな?
それにさっき西森が言った『カボチャのジャック』って何だろう。日高には秘密って……
そうか。日高の仮装がハロウィンの王様の『カボチャのジャック』ってことなんだ!
明日手伝うって言ったからお礼に教えてくれたんだな。
仮装のテーマは毎年違うけど、ハロウィンの王様『カボチャのジャック』の仮装だけは毎年必ず誰かがやることになっている。
今年は日高が王様役なんだ。
だから恥ずかしくって黙ってたんだな。
「どうしたの、聡?」
謎が解けて思わずにやけてしまった俺は、日高の不審そうな眼差しに気付いて慌てて平静を装う。
「あ、あ。うん。何でもない。今日はもう帰るから、また明日な」
「うん、また明日ね」
日高の仮装を知っちゃったことを気付かれないように、俺はさっさと退散しよう。
俺は手を振る日高に見送られながら、生徒会室を後にした。
「……で結局、俺は明日何の手伝いをするんだろう?」
日高の仮装が分かったのはいいけど、用件は何か聞けないまま次の日の放課後、俺は視聴覚室に向かうことになった。