視聴覚室は教室のある棟とは別の、パソコン室とかがある特別棟の4階にある。
今は文化祭の準備をする生徒がいっぱいで教室棟はいつもの放課後よりずっと人が多くて賑やかだけど、特別棟は静かなものだった。
階段を上り終えて4階の廊下に踏み出したとたん、廊下の真ん中辺りに立つ不思議なシルエットにぎょっとして俺は立ち止まった。
異様に頭がデカくてワンピースを着ている人――と、いうかてるてる坊主に足がはえてるみたいな感じの奴が立っている。
だけどよく見ると、それはカボチャのかぶり物を被ってマントを羽織ってる人だと分かった。
裏地は赤の黒いマントに白の手袋。その上には顔の付いたオレンジのカボチャ。ちょっとコミカルでちょっと不気味なハロウィンの王様カボチャのジャック。
何だ、日高が先に来てたんだ。
俺は小走りで日高の前まで急いだ。
「お待たせ。その恰好、すごく雰囲気でてるなー」
日高の名前を呼びそうになって慌てて口をつぐんだ。
危ない危ない。正体を知ってるのがバレたら、俺よりも西森が怒られるんだから気をつけないと。
「あの、俺、西森に言われて手伝いに来たんだけど」
話しかける俺に、日高は黙ったまま視聴覚室に入っていった。
声を出したらバレちゃうから話せないんだな。
これは俺も付いていけばいいんだよな。でも話が出来ないこんな状態で何を手伝わすつもりなんだろう。
後から西森か誰かが来るのかと思ったけど、戸口に立ってた日高は俺が入ると扉に鍵を掛けてしまった。
「あのー、これから何をすればいいの?」
問いかけても日高はやっぱり質問に答えず、黙って窓辺に行ってカーテンを閉め始めた。
俺もただボーッと突っ立っていても仕方がないんで、部屋の前の方に走っていって前からカーテンを閉めて行くことにした。
閉めながら何も話さない日高を盗み見る。
何だか背が高くて大きく見えるけど、頭に大きなカボチャのかぶり物を被ってるせいかな。でもあのカボチャの目の位置が目だとしたらおかしいな。俺より10p近く背が高いって事になっちゃう。あ、本当は口の部分が目なのかも。
遊園地のぬいぐるみがそんな感じだったよな。それでかさ上げしてあるから大きく見えるのか。
考えながら閉めていくと、真ん中よりちょっと後ろ辺りで日高と合流した。日高はそこで最後のカーテンを閉めずに手を止めた。
「あの、そこは閉めないの?」
日高はやっぱり何も答えずカーテンから手を離して俺の前に立って、白い手袋をはめた手を俺の目の上にかざした。これは目をつぶれって事かな?
大人しく目をつぶると、日高は俺の前から離れて最後のカーテンも閉めたらしく、シャーッという音が静かな視聴覚室に響いた。
部屋を真っ暗にしてどうするんだろう? 何かスライドのチェックでもするのかな。
ウズウズしながらも大人しく目を閉じていると、カーテンを閉め終えたらしい日高が目の前に戻ってきたっぽい気配がした。
「もう目を開けていい?」
訊ねる俺に答えず、日高は俺の顎に手を掛けて軽く持ち上げてくる。
俺は沈黙に我慢しきれず目を開けてみたけど、周りは真っ暗だしカボチャのかぶり物を外した日高の顔はもうすぐ目の前まで迫ってたみたいで、何が何だか分からないままにキスされた。
手袋をしてるしマントで体格はよく分からないし――でも、日高だよな? 大体俺にこんなことをしてくるのは日高だけだし。
だけど、だけど何か変だ。
「んっ」
妙な違和感に両手で日高を突っぱねようとしたけど、逆に強く抱きしめられた。でもそれで確信した。
こいつ、日高じゃない!
そう分かったとたん、ゾッと一気に全身に寒気みたいな物が走った。
「ん、や――やめっ、誰だよお前、放せっ! やっ、んっく」
身体を反らせて何とか唇を離せたんだけど、腕の中からは逃げられなくてすぐにまた顔を掴まれて唇を合わせられる。
何とか自由になる左手で、相手の髪を掴んで引っ張ってみたけどびくともしない。
身体を揺すっても振りほどけないし、後ろに下がろうとしても相手も覆い被さるようにして付いてくるしどうしようもない。
そのままカーテンを引いた窓に押しつけられた。
「んーっ、んん」
歯を食いしばって押しつけられる唇から逃れようともがくけど、顎の辺りをしっかりと掴まれてるから僅かに逸らすことも出来ない。
その手を離されて、やっと顔を逸らしてそいつの唇から逃げた。
「は、離せ! このっ」
そのまま逃げようとさらに暴れたけど、俺の右手を掴むそいつの手は緩まない。
さらに身体全体で窓に押しつけて俺の動きを封じてくる。
こいつ、やっぱり俺や日高より体格がいい。マントなんて羽織ってたからよく分からなかったけど、日高とは全然違う。何で気付かなかったんだ。
カボチャのジャックの仮装は日高だって聞かされてたからって、こんな奴と日高を間違うなんて。
俺を押さえつけたそいつは、片手で俺の襟元のファスナーを下ろしにかかった。
とっさに逸らした首に食らいつくみたいに唇をあてがわれて、強く吸い上げられる。
「うっ、嫌だ、離せって! やーだっ」
前に日高にキスマークを付けられたときの心地いいゾクゾク感とは全然違う悪寒が背中に走る。
「やだっ、……日高ぁ」
情けなくも泣き言が漏れる。俺はもう闇雲に身体全体でそいつを振り払おうと、両手と両足を同時に力一杯動かした。
それで相手も怯んだらしく、俺を押さえつけてる力が少し緩んだ。その隙を突いて横に逃げようとしたんだけど足がもつれて体勢を崩した。
相手はとっさに腕を掴んで支えようとしたみたいだけど無理だったらしく、そのままふたりして倒れそうになる。
俺は後ろのカーテンを掴んで踏ん張ろうとしたけど、2人分の体重を受けたカーテンは……と言うか、カーテンレールの留め金部分が持たなかったらしくパキパキパチと金属音を立てて上の方からカーテンが外れて剥がれ、そこから光が差し込んできた。
いきなりの光に目がくらむ。一瞬目を閉じてしまったけど、相手の顔を見てやるチャンスだと思った俺は、まぶしさを堪えてまだ俺の腕を掴んだままの相手の顔を見た。
突然の光に眩しそうに顔をしかめてるその顔――
「はぁ……何だ。西森か」
その顔を見たとたんに、張りつめていた身体の力がいきなり抜けて安堵の溜息が出た。
「何だ、って……」
俺の言葉に、西森は気が抜けたみたいな顔をしてこっちを見る。
「いきなりびっくりするだろ! 何すんだよこのバカ」
俺は平手でペシッと西森の頭をひっぱたいた。
本気でびっくりして……ちょっと……だいぶん怖かったんだからな。
悪ふざけにも程がある。
何だって俺の周りはいきなりキスしてくる奴ばっかりなんだ。
それだけなら……いやそれも駄目だけど、誰だか分からないようにしてしてくるなんて悪質だ。これはたっぷりしっかり怒鳴りつけてやらないと。
そう思ったんだけど、西森は怒鳴りつける前にすでにもうなんだか今にも泣き出しそうな顔をしていたから驚いた。
ちょっと軽く叩いただけだろ。おまけにいきなりキスされて泣きたいのは俺の方なのに――
「まさか、西森、お前も日高にいきなりキスされたのか!」
「されません!」
だからその仕返しに俺にキスしてきたのかと思ったけど、速攻で否定された。
「あ、じゃあ西森から日高に……」
「それもありません!」
キスしようとして失敗したから代わりに俺と……と思ったけどそれも違うか。
じゃあ何だ? 日高にキスできないから代わりに俺と……とか? やっぱり西森は日高が好きで……だったら俺はライバルだから、その嫌がらせ?
というか、それ以前に西森は俺と日高がキスしてるの知ってたのか?
分からないことだらけで混乱する俺をよそに、西森は携帯電話を取り出してどこかに電話を掛けだした。
「日高先輩? 今すぐ視聴覚室に来て下さい。……聡も居ますよ」
それだけ言って日高の返事は待たずに切ってしまったらしい。携帯を畳んでポケットにしまった。
「日高を呼んで、どうするんだ?」
「ああ……カギを開けなきゃ」
俺が声を掛けたのにも気付かないようでノロノロと立ち上がると、入り口の扉の鍵を開けて、部屋の電気も付けた。
視聴覚室全体に光が戻る。
それから西森がまた座り込んだままの俺の所に戻ってくる前に日高が到着したらしい。勢いよく扉が開いた。
「西森、お前……聡……」
日高は走ってきたらしい荒い息のまま扉を開けたとたんに中を見回し、西森の後ろに俺の姿を見つけて安心したように息を吐いた。
「聡。よかった、大丈夫?」
「え? えっと、あ、うん」
大丈夫って、さっきの電話のたったあれだけで俺と西森の間に何かあったなんて気付くものかな?
西森の電話の声はいつもと違う真剣って言うか暗い声だったけど、どっちかというと俺が西森をいじめたみたいに取れる声だったのに。
日高は突っ立ってる西森を無視して俺の前に来ると、俺の手を取って立たせてくれた。
西森の方は相変わらず無言で、ただ俺達をじっと見ている。
何だか今日の西森はすごく変だ。いや、体育祭の後辺りからずっと。でもそれはただ怪我をしたせいかと思ってたけど……
「で?」
「で、とは? この状況を見れば分かるでしょう。一々言わせないで下さいよ。意地が悪いなぁ」
「言ったのか?」
「言うも何も、全く恋愛対象に入れてもらえないんだから」
しばしの沈黙の後、にらみ合ってた2人が話しだしたけど、内容は禅問答みたいでさっぱり意味が分からない。
「それに、どうしたって……無理なんだ。俺の好きになった篠田先輩は"日高先輩を好きな篠田先輩"だから。どうやったって、手に入るわけがなかったんだ」
「え……え!」
西森が好きなのって、日高じゃなくって俺なの?
西森の告白に俺はすっごく驚いたけど、日高は分かっていたのか驚く俺を苦笑いをしながら見た。
「俺、さっき篠田先輩に無理矢理キスしました」
「何だと!」
今度は日高に向けての西森の告白に、日高が驚くというか怒って西森につかみかかろうとしたけど、逆にその手を引っ張られて引き寄せられて、頭突きするような勢いで西森にキスされた。
「篠田先輩から奪ったキス。お返ししましたよ」
俺もびっくりしたけど、日高は本当に茫然自失状態で目を見開いている。
ほんの一瞬のキスの後、西森はそう言い放つと呆然としている俺達を尻目に振り返りもせず、部屋から出て行ってしまった。
「やっぱり西森は俺より日高のことが好――」
「嫌がらせでやったに決まっているだろ!」
言いかけた言葉をもの凄い勢いで遮られた。
「それよりも聡! 君、西森にキスされたって」
「日高だってしたじゃない」
「あ、あ……あれは……あんなの、襲われただけで、キスじゃない!」
「じゃあ俺のもキスじゃない」
とがめるような口調で問い詰めてくる日高にムッとする。
何だよ自分だけ言い逃れなんかして。俺だって襲われたって言うかだまし討ちにあってキスされたんだから責められるいわれなんか無いぞ。
西森だって分かるまではすごく気持ち悪くて、怖かったんだからな。
改めて思い出したら震えが来た。
「聡……その、大丈夫? ごめんね。西森が君のことを好きなのは気付いてたけど、まさかあいつがここまでするとは思ってなかったから」
突然黙り込んで身をすくめた俺に、日高がそっと手を伸ばしてくる。
俺の腕に触れる手。そのまま俺を抱きしめてくる。間違いなく日高の手だ。
どうして間違えたりしたんだろう。今度は日高に対して申し訳ない気持ちがこみ上げてきた。
「暗かったからさ、始めは日高だと思ったんだ。だけど、キスされたらすぐ分かった。日高じゃないって、そしたら凄く嫌だって思って……日高の時は……日高も、その、初めての時、突然されたから驚いたけど嫌じゃなかった。だけど、今日は……」
「聡、もういいから。ごめんね。僕のせいだから、もういいから」
日高に抱きしめられたら、急にどっと疲れが来たみたいに身体から力が抜けていく。
日高じゃない。それだけのことであんなに嫌だった。西森だったって知った後でも。
西森のことも好きだ。好きだけど、だけど日高を好きなのとは全然違う。
どうしよう。俺、日高のことが好きだ。自分がこんなに日高のことが好きだなんて、分かってるようでまるで分かってなかった。
――だけど、西森も俺のことがそんな風に好きだったんだ。それなのに俺は、それにも気付かなかった。
俺が鈍いせいで西森のこと傷つけて日高にも迷惑を掛けて。
「日高……俺、どうしよう?」
「何を?」
「どうしよう……俺……西森のこと好きだよ。だけどさ……」
「うん」
言葉に詰まる俺を、日高は急かすこともなく待ってくれる。
ヤバい。泣きそうだ。だけど日高は俺の泣き顔は見たくないと言ってた。
それに何より一番泣きたいのは俺じゃない。俺は泣いてる場合じゃない。ちゃんと言わないと。
「日高……日高が好きだ。誰より、一番日高が……日高が、日高じゃないと」
「そう……君にキスしていいのは僕だけ。君は……僕だけのもの」
「……うん」
日高が抱きしめる手をゆるめて身体を離して、俺の顔をうかがう。
その意図を察して俺の方から日高の頬に手を添えてそっと近づく。
ゆっくりと触れ合う唇。何度か顔の向きを変えて、その度に深く合わせられる。
全然怖くない。全然気持ちいい。何もかも全部、日高に任せたくなる。
「聡。聡……他に、その……触られたりとか、変なことはされてない?」
「う……ん」
キスの合間に問いかけられる。日高が何を言っているのかはちゃんと分かるんだけど、その内容を考えることが出来なくて、生返事しかできない。
聞こえてるんだけどまるきり聞いてないのが分かったのか、日高は自分で調べ始めたらしい。少しだけ開いてた襟元のファスナーの間に手を入れて襟を広げられた。
「あいつ! こんな所まで」
「ん? あ、そういえば……うん……」
そう言えばその辺りにもキスされた気がする。
「ちょっと、聡。君、本当に何もされてない?」
慌てた様子の日高にファスナータイプの詰め襟の前を全開にされてシャツのボタンを外される。そこでようやく俺も正気に戻った。
「何するんだよ日高! こんな所まで脱がされてない」
「脱がされてからじゃ遅いんだよ。それになんにもされてないって言うなら見せて」
一緒にプールに行った仲だし何より男同士だし、恥ずかしがるようなこと無いんだけど、こう改めて言われると照れるというか恥ずかしい。
それに、正気に戻ってきて落ち着いた俺は、ものすっごく気になることに気が付いて、それが訊きたくて仕方がなくなっていた。
「それはそうと、日高」
「何?」
「なんでスカート履いてるの?」
「え? あ! あのっ、い……いやその」
日高も指摘されてようやく自分の恰好に気付いたらしい。日高は白いシャツに何故か青いスカートを履いていたんだ。
日高ってばさっきからずっと、って言うかこの恰好でどこかからこの視聴覚室まで走ってきたんだよな。
端から見たらおもしろいんだろうけど、俺としてはこんな恰好なのも構わず駆けつけてくれたことが嬉しい。けど、そもそもどうしてこんな恰好を? と思ってようやく分かった。
「日高が"アリス"なんだ!」
裾にフリフリのレースが付いた青い吊りスカート。まだ衣装合わせの途中だったのか上は普通の制服のシャツだけど、これに肩の辺りがふくらんだシャツを着てエプロンを着けて金髪のカツラを被ればアリスだよな。
「……だから見られたくなかったのに」
「えーっ、いや、似合う似合う。大丈夫、日高って青色似合うから。でも何で日高が?」
日高は絶対に自分からこんな恰好をすると言い出すタイプじゃない。一体何がどうしたんだろう。
「僕が"ハートの王様"で古谷さんが"アリス"のはずが、衣装を任せた手芸部の子が間違えて逆のサイズで衣装を作っちゃったんだよ」
ああ、やっぱり女子副会長の古谷さんがアリスのはずだったんだ。だけど確かに彼女の方がその……王様の貫禄なサイズだよな。
彼女は女子にしては高めの身長で、日高と変わらないくらいあるし横幅も結構あるから、彼女の方が王様役だと思っても仕方がないかも。
「仕立て直してもらうわけにはいかないの?」
「もう王様の衣装の方が古谷さんのサイズで出来上がってるし、予算も時間もこれ以上割けないし……確認をしっかりしなかった僕のミスだから、僕が我慢して何とかなる問題ならこのまま行こうと……」
日高ってば相変わらず真面目で責任感が強いんだから。
だけど眉間に皺を寄せて本気で嫌そうだ。何とか出来ないのかな。
「誰か他の女子に代わってもらえそうな役はないの?」
生徒会役員は全部で7名。その内4人は女の子だ。"アリス"なんて可愛い役、喜んで代わってくれそうな気がするんだけど。
「欠かせないキャラとしてアリスの他に"白ウサギ" "チェシャ猫"
"帽子屋" "ハートの女王" "ハートの王様" "トランプ兵士"
を選んで割り振ったんだ。それで"白ウサギ"と"チェシャ猫"は会計の2人"ハートの女王"は松本さん。この3人は小柄だから彼女たちの衣装は僕には着られないし、"帽子屋"は里村のお母さんが里村のためにって張り切って衣装を手作りしてくれたそうだから今更替えてくれとも言えないし、"トランプ兵士"は西森だから大きすぎて……」
「結局、アリスの衣装を着られるのは日高しか残ってない、と」
「『不思議の国のアリス』がテーマでアリスが居ないわけにはいかないからね」
見事に八方塞がりか。まあそうじゃなきゃ日高が何とかしてるよな。
「あれ? そう言えばカボチャの王様役は? 誰がするの?」
「あれは毎年、吹奏楽部の指揮者が着るんだよ」
あ、そう言えば去年も確かあんな格好をした人がタクトを振ってたっけ。日高に言われてから思いだした。
「あの衣装は毎年使い回しだから、西森が勝手に持ち出しただけだろう。そうだ! そのことも後で注意しておかないと。あの大事な衣装を勝手に持ち出すなんて」
――余罪が増えたな西森。
「でも、やっぱり日高はすごいね。文化祭成功のためなら女装までしちゃうなんて」
「本番は豚のマスクを被るから、顔は見えないから何とか耐えられるかなって」
「えー、アリスが豚になるエピソードなんてあった?」
俺は『不思議の国』『鏡の国』どっちのアリスもまともに読んだことはないけど、豚を抱いたアリスのイラストは見たことがある。だけど、アリスが豚になっちゃう話なんか無かった気がするぞ。
「ないけどいいの。以前に使ったらしいすっぽりかぶれるタイプの豚のマスクが倉庫から出てきたからそれを使う。そうじゃなきゃさすがに耐えられない」
……だけど古谷さんの持ってた金髪のカツラ、あれは絶対にアリス用だと思う。本番にはきっと豚のマスクじゃなくてあれを付けさせる気なんだろう。
日高は無事に逃げられるんだろうか。
――俺は文化祭がいつもよりさらに楽しみになった。